今週読んだ本

 最近は比較的学術的な本を読むことが多かった。久しぶりに「物語」が読みたくなった。それで何となくだけどこの本を図書館で借りてみた。

素粒子 (ちくま文庫)

素粒子 (ちくま文庫)

 読み応え十分の本だった。不幸な生い立ちから心の傷を背負った異父兄弟の物語だ。正直なところ、あまりにも惨すぎる、と本を放り出したくなるところもあったが、この小説が描く「悲惨な世界」の持つ不思議な力に魅了され最後まで読んでしまった。エンディングは「見事」としかいう事無しだ。この小説は絶賛されたと同時に酷評もされたと聞いているが、それが本当によくわかる。
 この小説の面白いところは、ヒッピー文化、それから派生したポップカルチャーからのフリーセックスムーブメントを利用しつつ、セックスに囚われた、疎外された人の観点から現代西欧文化をバッサリと切り捨て否定したところにあると思う。セックスを取り上げたことにより、この小説の半ばまでは、悲惨さの中にもどこかしら滑稽さを感じながら読んでいた。でも、小説を読み進めていくうちにストーリ展開がどんどん悲惨さを増していって、その攻撃対象が現代西欧社会というところから現代哲学、思想、政治形態、そして人生そのもの、人間そのものへと拡大して、攻撃も批判というより、敵意、憎悪、怨念と深くなっていく。エンディングたるや人類を「断罪」し「抹消」するという感じだ。そのやり方がなかなか「オツ」なんだけどね。
 この小説が絶賛された、というところを観ると、ヨーロッパでも社会の現状に不満を持ち、孤独に苛まれ、他者を愛し慈しむゆとりも無い人が多いということか。そのような人には確かに人生は辛く、世界は憎悪する対象と思う。でもそれはその立場での真理でしかない。そのような立場の人ほど他者の理解を求める欲求が強いが、概ね利己的で、一般的な他者にとっても受け入れ難いものであることが多い。そのような人が孤独に苛まれるのも仕方が無い、というのもこれまた真理なのだね。それで人類を否定されても困るのだよ、というのがこの小説を批判する人の言分だろうか。ちなみにこの小説の主人公の要求は複数のパートナーによるセックスへの耽溺だ。確かにこんなこと言われてもね。
 ともあれこの小説には不幸な生い立ち、トラウマ、孤独が知性と結びついて生まれた不思議で魅力な世界がある。この作家の次の作品も読んで見よう、と思っている。