疾走する読書

[reading]「オン・ザ・ロード」 ジャック・ケルアック 青山南

  
 この本は、作家ケルアックの名前を聴いたことがある程度で、他の予備知識を全く持たずに読んでしまった。いわゆるビート・ジェネレーションというものも実はよくわかっていない。読みたい本が色々あってなかなか手が出せず、今までノーマークだった小説だったのだけど、今回新訳が出版されたのを機に読んでみる事にした、という訳だ。
 そんな状態で読んでみたものの、正直最初は大変戸惑ってしまった。第2次世界大戦従軍復員給付金などを使って食いつなぎながら小説を書いている、ややモラトリアムがかったサルと、あまり幸福とは言い難い生い立ちの少年院出のディーンを中心に繰り広げられる大した目的もない、やるせない旅の話にかなり唖然、それなりに真面目に働き家族を養ってるという自負のある僕の目からみれば、この主役の二人などは呆れた人間としか思えなかった。
 でも読み進めていくうちに、だんだんと面白くなってきていて、60年代の若者を虜にした小説、というのも何となく判るような気がしてきた。これは翻訳家青山南さんを褒めるべきだとは思うけれど、この小説の文章が大変よいと思う。ディーンの運転による猛スピードで疾走する描写、ジャズの演奏とそれにのめり込む登場人物たちなど、音楽に関する描写が、言葉のうねりというか、ドライブ感覚というか、とにかく力強くてスピードがあって、本当に凄い、の一言。またさらに、この本の一番の魅力は、ディーンというこの登場人物そのものだと思う。女たらし、嘘つき、万引き程度のこそ泥は四六時中、定職ももたず、女とみれば追いかけて口説く。結婚もして子供も生まれているのに、それら家族を捨てて旅に出てしまう。はっきり言えばダメな人だ。でもこの本を読み進めるうちにディーンという人間の、小市民的生活がどうしても出来ないキャラクターという切実さと、旅をし続けること、ジャズを聴く事、そして女達との、刹那的な快楽をピュアに求めて続けている、というところに裏表のない純粋さを感じている。
 でもディーンのような生き方は凄いと思うものの、人には勧めることは難しい。この小説にはハッキリとは描かれてないけれど、ディーンの様に生きるには何かしら強いトラウマが必要だからだ。
 とはいえこの本は色んな意味でおもしろいと思いました。疾走する文体を是非とも堪能して欲しい。