ハードボイルドのお勉強

 ゴールデンウィークになってもなかなか本を読む間がない。休日の日中は子どもと遊んだり等の家族サービスが優先で、夜も日中の疲れが抜けず、ついダラダラとテレビなどを見てしまう。どうにも調子があがらない。
 先日、気分転換のつもりで読もうと、図書館からダシール・ハメットの短編集*1を借りてきた。この中にある「新任保安官」という短編を読んでみたかったからだ。というのも、「ロング・グッドバイ」のあとがきにもハメットのついて記述があり、それを読んで、映画秘宝2月号*2の記事の内容を思い出したからだ。それによると、ハメットの「新任保安官」という短編は、黒沢明が映画「用心棒*3」のヒントを得た作品ではないか?と推理している作品なのだ。ちなみに「用心棒」は黒沢映画の中でも好きな作品の一つで、黒沢映画を見た事ない人に「楽しく観れる黒沢映画」と勧めている映画だ。また、それをパクった作品と知られるセルジオ・レオーネ監督の「荒野の用心棒*4」も好きな映画だ。というかこの映画にはトラウマに近い影響を受けている。初めて見たのはテレビ放送で小学生の時だ。エンニオ・モリコーネによる情感たっぷりの映画音楽に、若き日のクイント・イーストウッド扮するクールなガンマンの目にもとまらぬ早撃ちをはじめとするガンアクション、郊外育ちの無垢な少年が感化されずには済まない魅力が満載な映画だった。イーストウッドが演じているガンマンは一見ヤクザっぽい流れ者でありながら、傍若無人な悪人一家を報酬無しでやっつける一方、弱い人には優しく体を張って人助けもしてしまうのだ。ウルトラマン仮面ライダー等の、子ども向けのシンプルな正義キャラとは違ったその屈折した姿に、ある種の「大人の香り」という神秘性を感じたのだと思うのだが、その映画を見て以来「荒野の用心棒」このガンマンが僕の幼き日のヒーローになった。
 「荒野の用心棒」は黒沢の盗作という話は中学に入るころに、幼いころのヒーロー性は早々簡単に失われるものではない。むしろ盗作にしてあのレベルなら、本家黒沢の「用心棒」も良い作品だろうと思っていた。すぐにも観たいと思っていたが、なにせ今のようにDVDなんて無い時代だ。やっと観たのは大学生になってからで、観たのも都内の名画座でだ。映画の魅力もさることながら、この用心棒には司葉子がでているのだが、その若き日の彼女の美しさに衝撃をうけたことを記憶している。
 そんなわけで、その映画の原案となる作品が存在し、しかもそれがハードボイルドの元祖のダシール・ハメットともなれば、この僕が無視できるわけがない。
 「新任保安官」を読んでみると、舞台こそアリゾナのメキシコ国境近い西部の寂れた町だが、その時代はこの小説が書かれた時そのもの(1925年!)。その村は近代化に取り残されて開拓時代的な無法地域的な空気が残っている、という設定で、主人公は、流れ者のガンマンではなくその町に久しぶりに都市部から派遣された保安官、実は開発業者に雇われた探偵、いわゆる名無しの探偵として知られるコンチネンタル・オプで、彼は馬ではなく自動車に乗ってその町に現れている。「用心棒」ではヤクザだったが、この小説では表向き牧場で働く荒くれカウボーイ達が適役だ。2つのグループがあって、主人公が互いに争うようにしむけるあたりは映画の設定と同じとはいえるが。その他のストーリーはかなり違う。短編小説としても、この長さににしては登場人物や事件などいささか詰め込み過ぎという感じもする。と言うべきかもかもしれない。
 でも読んでみて一番唸ったのは、ハードボイルドミステリ創始者によるその文体だ。この小説は主人公が語る一人称小説なのだが、主人公とその時々の相手との会話と彼の視点からの描写で綴られているだけで、彼の思いとか感情というものについてはほとんど書かれていないのだ。しかしながら、翻訳もよろしく、彼の行動、彼の話し方で、彼の感情が伝わってくるのだ。それは使っている言葉が的確で無駄が無いということだ。
 これは短編で、それでありながら事件も登場人物も多いので、「ロング・グッドバイ」とは一概に比較はできないが、マーロウの方が遠回しながらも心情を語るこ とが多く、そのためか感傷的な雰囲気を感じさせる。コンチネンタル・オプの方は、かなりのタフガイで、度胸も座っているし、頭も切れるかなりのやり手だ。
 ハードボイルドといえば、寡黙でクールな主人公が定番だが、「用心棒」で三船敏郎扮するサムライは腕も立つが、ちょっと饒舌なところがあり、表情も豊かでユーモアもある。ダシール・ハメットのこの小説から、こんなキャラクターをイメージしたと思うと少々面白かった。

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映画秘宝 2007年 02月号 [雑誌]

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用心棒 [DVD]

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