アルフォンソ・リンギス「信頼」

信頼

信頼

 この本の著者は、アメリカの哲学者だ。とにかくこの人はあらゆる場所に旅をしている。サハラ砂漠少数民族の村、シリアの古都、ヨルダンの遺跡、謎の地上絵で知られたペルーのナスカ、エチオピアの高原、マダガスカルのジャングル、リオ・デ・ジャネイロの貧民街、チベット、モンゴル、ハイチ。どちらかと言えば、いわゆる「辺境」にあたる場所が多い。こんな風に書くと旅行記のようにも思えるが、この本のメインは「旅」という体験を通した著者の思索の記録だ。その思索は、旅先についての歴史や社会の豊富な知識、現地の人とのささやかな交流という生の体験を通して、様々な考察へ飛躍する。一見脈絡が無いような展開で話が続くけど、読み終わってみると心にズシンとくるものがあった。
 この世界には失われた文化文明は数多くある。ナスカの地上絵のように真実がまったくわからないもの、別の文明によって破壊されたもの、様々な理由により衰退し忘れ去られた後発見されたもの。そのような場所に訪れリンギスは我々人類の歩みを思い、我々の知性の限界を問う。旅には現地の人の協力は不可欠で、マダガスカルのジャングルで、言葉の通じない現地の若者にガイドを頼んだ体験から、「信頼という行為は、未知なるもののなかへ跳びこと」と書いている。これはかなり深い言葉だ。社会の中に溢れている不信や憎悪は、その理解不能なことに対する恐怖から生まれているからだ。
 また、この人の思索の対象は旅先ばかりではない。「男らしさ」とは何かを問いながら、チェ・ゲバラについて語り、刑務所で暮らす性同一性障害カップルについて語りながら、愛し合うこととは何かを問う。それらの思索は読んでいる僕にも感染し、僕もまた問う。僕らの人間の歩み、僕の生き方、僕らはなぜ未知なるものを恐れ、神聖なるものを捨てたのか?そしてどこへ向かおうとしているのか?答えは簡単に出ない「問い」だけど、その「問い」を与えてくれたと言う意味で有用な本だった。
 また、僕はこの本で、ペルーの日本大使館占拠事件の犯人グループが、長年政府によって虐げられてきた原住民系の反体制組織の一派だったということを知った。無知とはつくづく恐ろしいものだと思った。日本で普通に暮らしていても、迫害に加担しているような感覚になった。
 できれば落ち着いた場所でじっくり読みたい本だ。